長かった髪をバッサリと切った。
別に失恋したわけでもなければ、自分を変えようと思ったわけでもない。
ただ伸ばしていた髪をバッサリと切りたくなったのだ。
タツヤと私は友達以上恋人未満といったところ。周りから見れば恋人同士のように見えるらしいが、付き合ってはいないので彼氏彼女の関係ではない。
それに、私にとってそんな相手はタツヤだけだが、タツヤには私のほかにも親しくしている女友達がいる。
恋人同士だったら、「他の女の子と遊ばないで」とかわいい嫉妬をしたり、「やめて」と懇願したりできるのだろう。
でも、私たちは恋人同士じゃないから何も言えないで、私はモヤモヤするしかない。
タツヤにとって私はなんなのだろう・・・堂々巡りをしながらも、今の関係を壊したくなかった。
私たちの関係ををはっきりさせて、タツヤと友達でもいられなくなるのなら、このままでいいと思ってしまう。
そう、臆病なのだ私は。
モヤモヤした気持ちを抱えながらも、タツヤと一緒にすごす時間は楽しかったし、何よりもタツヤは優しかった。
やっぱり恋人同士なんじゃないか?タツヤも実はそう思っているんじゃないの?と勘違いしそうになるほどの態度で私に接してくれた。
私が食べたいものを聞いてお店を探してくれたり、私の行きたいところに連れて行ってくれたり、手を握ったことだってハグしたことだってある。
ただ「付き合おう」とか「好きだよ」とかそんな言葉は言われたことがない。
そして、私の前で他の女友達のことを楽しそうに話す。
今のままでもいいと思う反面、友人が恋人と楽しそうにしているのを見ていると、とてつもなく虚しくなった。
友人も「無駄な時間だよ」と言うし、自分でもそう思う。
そんな時、友人から紹介したい人がいると言われた。
「私と同じゼミの子なんだけどね、アンタのこといいなーって思ってたんだって」
「うーん、せっかくだけどいいや私は」
「そんなこと言わないでさ。無理にくっつけようとか思ってないし、会うだけ会ってみなよ。彼氏がいるわけじゃないんだし、なんか変わるかもよ?」
友人の「何かが変わるかも」という言葉が引っかかった。
何か変わるのだろうか、そんな気持ちで会っていいのか罪悪感も感じたが、でもタツヤは彼氏じゃないから悪いことはしていないと自分に言い聞かせた。
「そうだね、会うだけなら」
「じゃ、彼に予定聞いておくからね」
もしかしたらタツヤはやきもちを焼いてくれるかもしれないという気持ちがあったことも事実だった。
友人が紹介してくれた彼は、鳥居くんといった。
ものすごくイケメンというわけではないが、優しそうな笑顔が好印象な人だった。
「急にごめんね。紹介とか言われてびっくりしたでしょう」
「あ・・・、うん」
「ずっと、いいなって思っててさ。考えてくれたらうれしいな」
恥ずかしそうにはにかみながら、鳥居くんはそう言った。
まずはご飯に行こうと誘われ、出掛けたディナーは予想よりも楽しかった。
スポーツ観戦という同じ趣味があることが分かり意気投合したこともあるが、何より鳥居くんの穏やかな雰囲気が心地よかった。
「彼氏はいないんだよね?」
と聞かれた答えに、
「いないよ」と答えたのには少し罪悪感が沸いたけれど。
今日は鳥居くんを紹介されてから初めてタツヤに会う。
「どうかした?なんか考え事?」
タツヤに言われて気付く。そんなにボーとしていたのだろうか。
鳥居くんのことをタツヤに話したらなんて言うかな?
やめろよって止めてくれるだろうか?それとも良かったねって言われるのだろうか。後者だったら、きっと泣いてしまうかもしれない・・・。
「なんでもないよ、最近いろいろ忙しくてさ」
「そうか、じゃぁ今日は早めに帰ろうか」
結局、鳥居くんのことを話すでもなく、タツヤに気持ちを打ち明けるでもなく中途半端な私のまま。
それからしばらくして、タツヤと待ち合わせしたときのこと。
「水臭いなー」
「なにが?」
「この前さ、男と歩いてるの見たよ」
私は時間が止まった気がした。
「いや、あれは・・・」
「彼氏?優しそうな人じゃん」
良かったね、と笑うタツヤ。
分かっていたつもりだった、タツヤは私のことをなんとも思ってない。本当に気軽に遊びに誘える、ただの女友達。
妬いてくれるかな、なんて考えていた私は、なんてバカなんだろう。
ちゃんと笑えているかも分からなかったけれど、そんなことも気にならなかった。
そして私は髪を切った。
告白もしていないから、失恋でもない。彼氏ができてよかったねと男友達に言われただけのこと。
ああ、そうか。
私は変えたかったんだ。
前に進みたかったんだ。
どっちつかずの中途半端なままでいたくなかった。
自分を変えたいから髪を切ったわけじゃないと思っていたけれど、それは言い訳で私は『変わりたかった』んだ。
それから私は「彼氏ができたから、これからはあまり会えなくなる」とタツヤに伝えた。
鳥居くんには、前向きに考えたいと告げた。
告げてしまえば、今までモヤモヤしていたのがなんだったんだ、というくらい気持ちが軽くなった。
まるで大学に入学した日のように、少しの不安と期待を感じていた。
ちびたま