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先輩のイメチェンに…

ちょっとした変化に気づいて、さらっと褒められるのがモテる男だということは知っている。

でも、好きな女性の変化に気づかない男なんているのだろうか。

僕は気づく。

でも、「褒める」のが難しいのだ。

そもそも、僕に気づかれて彼女は嬉しいのだろうかとか、気づくほどに見ていたことを「気持ち悪い」と思われないだろうかとか。

気になって怖くなって何も言えなくなる。

「おはようございます」「おつかれさまです」「ありがとうございます」が精いっぱいの僕が、彼女の変化を褒めるなんて…絶対に出来ない。

「ぐずぐずぐずぐずうるせーなー、変化になんて俺はちっとも気づけないよ」という同期の康太は、気づく必要がないくらいモテる。

特別男前なわけではない…と僻みでもなんでもなく思う。でも彼はモテるのだ。なぜなら言えてしまうから。

居酒屋で飲んでも飲んでも顔色が変わらないのもモテる秘訣なのか。僕はたった一杯で顔が真っ赤になって、途中からはウーロン茶ばかり飲んでしまう。

「変化がわかんなくてもな、『今日もきれいですね』ってゆっときゃー、みんな嬉しそうにするよ?嬉しそうにしてくれたらそれでいいと俺は思うけど」と言いながらビールをあおる彼が、だんだん男前に見えてきた。

実際は、ツッコミにくせがある目の細いお笑い芸人に似てるけど。

でも、僕には絶対に出来ないことが彼には軽々とできてしまうのだ。

「お前って男前だよな」と言った僕の言葉を嫌味や皮肉と受け取った彼は僕の背中を強めにどついて
「お前の美咲先輩にも声をかけてこよーっと」と恐ろしいことを言う。

先輩は多分、康太みたいなタイプは好きじゃないと思う。

それでも不安は不安だ。だって僕は、先輩のタイプなんて知らない。

黙り込んだ僕に
「やだやだ、お前はすぐマジになって軽く受け止める軽く打ち返すってことができないからなー。だれが12歳も年上のこえー先輩に軽口たたきにいくんだよ。そんな暇じゃないし。お前ももっとライトに同世代とかいけよ」といってまたビールをあおる。

たしかに美咲先輩は12歳も年上で、僕はまだ働きはじめてたった2年のぺーぺーで、仕事での接点もあまりない。

挨拶くらいが関の山の今の関係で、なにをどうしろっていうんだ。とは、僕も思う。

でも、新人研修で僕たちの前にあらわれた美咲先輩は、「仕事」というものの意義を丁寧な口調で僕たちに語り、仕事というものにナーバスになっている僕たちの気持ちをじっくりくみ取ってくれた。

美人というわけじゃない。

落ち着いた物腰と、柔らかな笑顔、そしてゆるく結ばれたロングヘアが僕の心をつかんで離さなかった。

僕の同期で彼女を「異性」としてとらえたやつは誰もいなかったけれど、僕にとって彼女は「異性」以外の何ものでもなかったし、なんなら「理想の異性」だった。

だからといって僕がマザコンだとかは思わないでほしい。

学生の間は基本的に同級生や年下と付き合ってきたし、「かわいい」と思う女優やアイドルだって年上だったことは一度もない。

でも美咲先輩は特別だ。

「彼女だけが特別だ」なんてことは、恋愛においてよくあることだというのは知っている。

知っているけど、でもこの気持ちを変えることはできない。

美咲先輩は特別だ。

新人研修中に彼女と言葉を交わす機会がたくさんあって、僕に笑いかけてくれて、僕の気持ちを聞いてくれた。

それが、彼女にとって「仕事」だとわかっていても
それを彼女が他の同期みんなにおこなっているとわかっていても
僕にとっては、彼女のすることすべてが特別だった。

だからこそ、言えない。

僕は、彼女がネイルを変えたり、洋服のテイストを変えるたびに気づく。

そしてこの度、彼女は僕の好きだった柔らかく明るい色のロングヘアを肩までのセミロングに切ってしまった。

ゆるくウェーブをうっていた髪がさらっさらのセミロングになっているのを見て僕は
「いい」とつぶやいた。

とてつもなく良かった。ロングのウェーブヘアも素敵だったけど、さらさらのセミロングは、彼女のきゅっとくびれたあごのラインを美しく縁取っていた。

時折青ざめてみえるほどの色白の顔が、なんとなく頼りなげに見えて「幼さ」が彼女に加わった気がした。

とてもいい。

とてもいいのに、誰も彼女の変化に触れない。

僕も何も言えなかった。

でも、明日こそは言いたい。

「おはようございます。新しい髪型、似合いますね」と言えばいいのか。

「おはようございます。僕、その髪型好きです」は言い過ぎだろうか。

髪型だけじゃなくて、まるごと彼女のことが好きだけど、そんなことは言えるはずがないし。

康太と別れた後も、結局僕の心は迷いと悩みでいっぱいで、酔ったはずが酔えていなくて、はじめて飲んだ後にコンビニで酒を買った。

明日こそ。
明日こそ。

そう決意しながらこれから飲む僕は、彼女にきっと告げられるだろうか。

告げなければ僕は踏み出せない。

「おはようございます。新しい髪型にしてくれてありがとうございます。」は、きっと笑われてしまうだろうな。

 

はなゑ

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